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マザーテレサの愛を伝えるために

マザーテレサの愛を伝えるために

 11月29日、30日の2日間、サンチの会代表の是枝律子さんが宇部市内の3つの小学校で、「マザー・テレサ」との出会いについて授業をされました。

 是枝さんは3年前に交通事故で左足を切断され、1年2ヶ月の入院生活の後、現在車椅子で生活されています。不自由な身体にもかかわらず、昨年はインドのマザーテレサの施設を訪問され、シスターたちに大歓迎をうけました。

 昨年は、私たち「えんどうまめ」が行ったチェルノブイリの子どもたちの幸せを願うキエフナイチンゲール合唱団コンサートツアーの東大阪コンサートをお世話され、大成功を収められました。
 前回にも書きましたように、是枝さんとはもう長いお付き合いで、ほんとうにその前向きな生き方に感動します。

 初めて恩田小学校で講演していただいたときに是枝さんの話を聞いて感動されたH先生は、その後ぜひご自分の小学校の生徒にも話を聞いてほしいとの願いを持っておられました。今回念願かなってH先生の勤務する岬小学校と、H先生のお友達が勤める二つの小学校が是枝さんを招くことになったのです。
 車椅子の介助とスライド上映のために同行されたのは斎藤潤さんです。斎藤さんはもう数回是枝さんと一緒にインドに行き、是枝さんが事故で足が不自由になられてからはずっと引率を買って出てくださっています。

 是枝さんのお話は、第2次世界大戦のとき、日本だった現在の台湾で生まれ、9歳で迎えた終戦後は、お父さんが裁判にかけられたために1年間収容所で過ごし、物乞いをするような貧乏で空腹な生活の後、ようやく着の身着のままで日本に帰ってきたことから始まりました。以前講演した中学校の生徒たちが日本が戦争をしたことを知らなかったので、そこから話しておきたいと思ったそうです。

 帰国前、一人の外国人の神父さんが「今あなたたちは大変だと思うかも知れませんが、帰ったら日本はもっと大変です。これをもっていきなさい」と自分の靴を脱いで持たせ、石鹸を2つくださったそうです。呉に着いたら、広島は原爆で焼け野原となり、ひどいやけどの人たちがたくさんおり、お父さんの故郷の長崎に着いたら、そこも原爆で焼け野原で、やけどの人たちや孤児たちがたくさんいて、クラスの半分が原爆病で次々に亡くなったそうです。すごい貧乏の中でもらった靴と石鹸の中からお金が出てきて救われたそうです。そのときにお父さんが「あの神父さんのように、人の悲しみ痛みがわかる人になりなさい」と言われたそうです。

 是枝さんの原体験の上に、マザーテレサとの出会いがあり、最初にインドに行ったときに、物乞いの子供たちを見て、かつての自分を見たように感じたそうです。

 よく来ましたねとしっかりと抱きしめてくださったマザーテレサと、路上で死んでいく汚い病人を「死を待つ人の家」に運び、身体をきれいに洗って、洗濯した清潔な服を着せ、食べさせ、傷を治療し、亡くなったときには、その人の信仰で弔うマザーテレサのあり方に、心から感動したそうです。

 それから今まで、是枝さんはマザーテレサの施設を支援し続けておられます。

 スライドでいろいろな場面を見せていただきました。

 目が見える少年と見えない少年は、すべてを分かち合って生きています。

 近所のお母さんが産んだあとすぐに死んでしまい、残されたへその緒がついた赤ちゃんを抱いて2日間歩き続けてマザーの孤児院に連れてきた少年のこと。

 自給自足のハンセン氏病の人たちの施設。

 マザーはすべての人の命を大切に生きられたことや、とてもユーモアがあって、みんなを笑わせる方だったことを伝えてくださいました。

 たくさんのお話がありましたが残念ながら書ききれません。またの機会にご紹介したいと思います。
 是枝さんは来年2月にインドのマザーテレサの施設に行く予定だそうです。是枝さんを突き動かしているマザーテレサの愛に触れて、あらためて心打たれました。たくさんの子どもたちの心にマザーの愛が伝わったと信じています。

 みなさんにもお話を聞く機会がありますように。

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